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きちん  しゅんえんゆうく
紀鎮 春苑遊狗図

145.0×83.0㎝
明代(15~16世紀) 絹本着色

花鳥画は唐(618-907)に本格的に描かれるようになり、宋(960-1279)には細部まで高い写実性を追求する院体画(宮廷画院のスタイル)が成立しました。
明(1368-1644)の前半にも院体画が流行し、迫力と精密さを兼ね備えた大幅が盛んに描かれました。
「春苑遊狗図」もその一例で、落款には「直文華殿錦衣千戸 紀鎮写」とあり、明の画院画家に与えられた官名であることから、紀鎮の身分がわかるのですが、その名前は当時の画史、画論には記載がなく、詳しい伝記は知られていません。

画中には桃などの様々な花が咲き、犬の親子が遊んでおり、よく見るとチョウやバッタなどの虫も飛んでいます。
明代の花鳥画家として最も名高い呂紀(15-16世紀初)の代表作品である「四季花鳥図」(東京国立博物館)などと比較すると、紀鎮の花木には、通常の花鳥画には見られない、架空の植物と考えられる合成的な表現が散見されます。
一方で犬の描写は体躯の量感や体毛の精緻な表現に習熟した技量が認められ、紀鎮は花鳥画家というよりも、動物を専門に描く畜獣画家であった可能性が高いと考えます。

実は、雲南省博物館に紀鎮のもう一つの現存作品「墜馬図」があり、胡人が落馬する場面を描いています。
遼寧省博物館の作者不詳「狩猟図巻」にも共通の図様があり、しかも、こちらは多数の騎馬からなる本格的な畜獣画です。

ただ、正確な制作年代は今も謎のままです。
本図の桃の幹の皴の多い表現は、先述の呂紀の画法に似ており、その影響を受けたと考えるのが定石的な読みですが、絵全体の雰囲気からは呂紀に先行するとの意見も出されており、その可能性もあり得ます。
呂紀よりも早い画家の確かな作例の中に、同様の表現が見出せれば、本図の制作期を引き上げやすくなるのですが、いまだそのような例には巡り会えていません。

じゃれ合う子犬と、それを見守る親犬の精密な毛描きには、宮廷画家の力量が発揮されています。
ぜひ謎の画家・紀鎮に思いを馳せていただけたらと思います。
(竹浪遠 京都市立芸術大学)

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