後藤一乗 恵比寿若水図小柄
ごとういちじょう えびすわかみずずこつか
後藤一乗 恵比寿若水図小柄
銘 後藤法橋一乗(花押)
9.7×1.4㎝ 厚さ0.4㎝
江戸時代(19世紀)
ひげをたくわえた烏帽子・狩衣姿の神職が、注連縄(しめなわ)を巻いた水桶を両手で抱えています。
豊かな耳たぶの福々しい顔つきで、あしもとに宝珠2つが見えており、常人ではなく恵比寿とみられます。
裏面には「若水にうつりはじむや太柱(ふとばしら)」の句を刻むことから、手に抱えるのは若水とわかります。
若水は、もともと立春の早朝に主水司(もいとりのつかさ)が天皇に献上する水を指しましたが、やがて元日の朝に初めて井戸から汲む水をいうようになりました。
一年の邪気を避けるとされ、神棚に供えたあと、食事や茶を沸かすために用いられます。
作者の後藤一乗(1791~1876)は、幕府御用彫物師・後藤家の分家ながら、その作風にとらわれない新たな表現を積極的に取り入れ、京都で活躍しました。
文政7年(1824)には光格天皇の御剣金具一式の制作を命じられ、法橋位に叙せられたのを機に光代と名乗り、一乗と号しました。
嘉永4年(1851)から文久2年(1862)には幕府の命により江戸で制作にあたり、文久3年には法眼に叙されています。
本作は伝統的な技法に則り、赤銅魚々子地に高彫で図案を表し、金・銀・銅・真鍮で彩りを加えます。
一方で、周囲の小縁を廃してモチーフを大きく配置し、金地とした裏面に俳諧を刻むなど、それまでの後藤家にはあまり見られなかった表現に挑戦しています。
端正なデザインながら、鏨による細部の彫りには確かな技術が反映され、恵比寿のおだやかな表情や服装の立体感からも優れた表現力を見て取ることができます。
豊かな耳たぶの福々しい顔つきで、あしもとに宝珠2つが見えており、常人ではなく恵比寿とみられます。
裏面には「若水にうつりはじむや太柱(ふとばしら)」の句を刻むことから、手に抱えるのは若水とわかります。
若水は、もともと立春の早朝に主水司(もいとりのつかさ)が天皇に献上する水を指しましたが、やがて元日の朝に初めて井戸から汲む水をいうようになりました。
一年の邪気を避けるとされ、神棚に供えたあと、食事や茶を沸かすために用いられます。
作者の後藤一乗(1791~1876)は、幕府御用彫物師・後藤家の分家ながら、その作風にとらわれない新たな表現を積極的に取り入れ、京都で活躍しました。
文政7年(1824)には光格天皇の御剣金具一式の制作を命じられ、法橋位に叙せられたのを機に光代と名乗り、一乗と号しました。
嘉永4年(1851)から文久2年(1862)には幕府の命により江戸で制作にあたり、文久3年には法眼に叙されています。
本作は伝統的な技法に則り、赤銅魚々子地に高彫で図案を表し、金・銀・銅・真鍮で彩りを加えます。
一方で、周囲の小縁を廃してモチーフを大きく配置し、金地とした裏面に俳諧を刻むなど、それまでの後藤家にはあまり見られなかった表現に挑戦しています。
端正なデザインながら、鏨による細部の彫りには確かな技術が反映され、恵比寿のおだやかな表情や服装の立体感からも優れた表現力を見て取ることができます。
(川見)


