「世の中に」和歌透鐔


 あかさかただとき   よのなかに     わかすかしつば
赤坂忠時 「世の中に」和歌透鐔

銘 武州住赤坂忠時作
7.7×7.4㎝ 厚さ0.5㎝
江戸時代(18世紀)

「世の中に絶えてさくらのなかりせば はるの心はのどけからまし」の和歌を散らし書き風に表した、円形の透かし鐔です。
この和歌は平安時代の歌人・在原業平(825~880)の作で、『古今和歌集』に収められています。
『伊勢物語』によると、業平が交野(大阪府交野市)で狩りに同行した際、文徳天皇の第一皇子である惟喬親王の別荘・渚の院で詠んだとされています。
「もしこの世に桜というものがなかったならば、春を過ごす人の心はもっと穏やかだっただろうに」という意味で、開花を待ちわび、散りゆく桜をなごり惜しむ気持ちは、今も昔も同じであったことがうかがえます。

鐔の左側に上の句、右側に下の句を配置し、文字そのものを透かし彫りにして図案化しています。
線の太さや細さも筆の動きが伝わるように表現しており、まるで書がそのまま金属になったような仕上がりです。
笄や小柄を通すための穴(櫃孔)も、全体のデザインに溶け込むよう巧みに設けています。
茎孔の上下には「口紅」とよばれる半月形の赤銅をはめますが、後に刀身に合わせるため、さらに銅の責金を埋め込んでいます。
丸く成形した周縁の外側面を研磨によって整えるなど、細部まで丁寧に作り込まれた質の高い作品といえるでしょう。

寛永年間に鐔師として活動した庄左衛門忠正を祖とする赤坂家は、赤坂田町三丁目(東京都港区赤坂三丁目)で代々その技を受け継ぎ、繊細な透かしの技術は「赤坂鐔」として珍重されました。
宝永4年(1707)に四代目を継承した彦十郎忠時の後は、幕末に至るまでこの名を世襲しています。
この鐔は作風と銘の特徴から、明和元年(1764)に跡目を継いだ六代目忠時(?~1796)の作と考えられています。

(川見)

「世の中に」和歌透鐔

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