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大般涅槃経巻第三十一

紙本墨書 27.9×404.2

北魏(6世紀)


『大般涅槃経(北本)』は、北涼の玄始十年(421)、曇無讖が漢訳した釈迦入滅を説く仏典です。中国の南北朝時代にはこの経典を旨とする涅槃宗が成立し、広く伝写されました。

本品はその第31巻後半を書した残巻で、破れ残った巻末に「比校竟」「大般涅槃経巻第卅一」「定聆供養」の奥書があります。罫線に1紙25行、毎行17字を収めています。

その書風は通常の規範的な楷書と異なり、例えば横画は鋭く尖った起筆で始まり、右上りに筆を運びますが、収筆を重く右下へ落としてバランスを取っています。偏と旁の間隔が近く、線は細く直線的で硬い印象を受けます。また、第4行冒頭の「寂」(「家」から最終二画を除いたような字)など、珍しい異体字を多く確認できます。

これら書風・字体の特徴は南北朝時代、特に北魏の写経や造像記と共通しています。北魏の書は隷書の遺風を残しつつ、南朝の書法も加味して発展しました。北魏の写経は敦煌の令狐崇哲なる人物が指導した一群の遺品が残っており、これは一つの写経所で統一的書風により写された現存最古の写経群とされます。本作はこの一群には属さないものの、書風からその影響を受けたものと考えられます。

中国では経典を美術品として重んじる習慣は根づかず、遺品はほとんど伝世しませんでした。現在見ることのできる南北朝時代の写経の大半は、20世紀初頭に敦煌石窟で発見され、各国探検隊が持ち帰ったものです。当時その価値は急激に高騰したため、模本や偽写本も非常に多く作られており、伝来記録のない本作についても確証はありません。とはいえ、北魏特有の異体字が多数認められることから根拠のない資料とは考えられず、今後さらなる研究が待たれます。
(飛田)

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